全戦全敗主義
続き、SectionⅡです。
***
夜、新月から十四日目のほぼ円形の月が、天頂から金色の光を降らせる頃。シャワーを浴びた茶色のコート―――今はそれを着ていないので、ここではキノという固有名詞を用いることとする―――は真っ白なベッドから天井を見上げていた。正確には天井を見ていたわけではなく、かと言って他の何を見ているわけでもない。ただ上を見上げているだけでしかなかった。しかし、傍から見ればそれは確かに天井を見ているようではあるが、今この場にはそんな風に思うようなものは―――モトラドを含めて―――誰も居ないのでどうでもいい事だ。その体勢のまま、キノが口を開いた。
「ねぇ、エルメス。」
モトラドが応じる。
「何?」
「ここは、綺麗な国だね。」
「そうだね。」
「食べ物も美味しいし。」
今宵のキノの夕食は、特上の牛肉を使ったビーフシチューとそれによく合う控えめな味のパン、そしてポテトサラダ。更にデザートとして出された物は、白くて妙に軟らかく、仄かな香りが漂っていた。その味は優しく上品な甘味があり、見た目通りの滑らかな舌触りだった。キノがそれの名前を尋ねたところ、料理を運んできたシミラーはアンニンドウフだと答えた。彼の話によると、この料理は別にこの国独特の物ではなく、近隣の国ではこれを食べている所も多いという。キノは、何故前の国に無かったのかということに僅かに憤り、同時にその名を深く心に刻み付けた。ちなみに、ここでの夕食は全てシミラーが作っているらしいが、キノにとってはどうでも良いことだった。
「良い国だね。」
「そうだね。住み着いちゃう?」
「…………それは、無いよ。」
「で、キノ。今キノが考えてるのはそういうことじゃないでしょ?」
キノはベッドの左側、エルメスが停めてあるのと反対側を向いた。
「うん。前の国のあの人のこと。」
「その人のこと、そんなに気になるの?」
モトラドの問いに、キノは迷わず答える。
「それは、もちろん。」
「どうする?あの国に戻る?」
「いや、それは無駄だよ。多分もう、あの国にはいない…。」
呟くように言葉を発するキノの顔は、モトラドからは見えない。
「だったら?」
「……さぁね。……あぁ、疲れたよ、エルメス。今日はもう寝よう。お休み、エルメス。」
「え、何それぇ?…って、もう無駄か。おやすみー。」
コンコンコン。
キノが睡眠に入り、モトラドも寝ようとしたその時。歴史は動かなかったが、部屋の扉がノックされた。
「キノー。キノキノキノー。」
「ん、んん?何だよエルメス…。僕何か恥ずかしい寝言でも言ってたの…?」
「ううん。そうだったら教えないよ。そうじゃなくて、お客さんだよ。」
「え…?」
一体誰だろう、とキノが考え始める前に、扉の外から声が聞こえた。
「キノさん、シミラーです。ちょっとご相談があるので、開けて頂けますか?」
「あ、はーい。」
鍵を開けたキノの視界に入ったのは、黒いライフルタイプのパースエイダーを持ったシミラーの姿だった。
***
時間は二十分ほど前に遡る。
「兄さん、あの旅人って、やっぱり…。」
木製の安楽椅子の上から、少年はそう問いかけた。その少年は、昼間キノをあの宿泊施設へと案内した少年だった。彼は振り子のように前後に揺れる安楽椅子の上から、兄―――キノにシミラーと名乗った青年―――に呼びかけた。ただ、視線は手元にある銀色のハンド・パースエイダーに向いていた。四十五口径の自動式ハンド・パースエイダーは、彼の決して大きくはない手の中で、暖炉からの光を反射して鈍く輝いていた。
「ああ。確かに手配書にあったとおりだな。」
本を読んでいたシミラーが頷く。こちらも、本から顔を離さない。
「どうするの?放っとく?」
「いや、それはあんまり良い手とは言えないな。しかし手配書の通りなら、明日には何か起こすはずだ。どうするにしても時間が無い。」
「じゃあ……。」
言いながら、少年はパースエイダーのスライドを引く。金属が擦れてぶつかる音がして、マガジンに弾が入っていれば初弾が装填される。
シミラーは、そこでやっと本から顔を離して、少年を見る。弟を見るシミラーの顔には薄い笑みが浮かんでおり、その表情はキノと話していた時と全く同じで、まるでこれが自分である証明だと言うようですらあった。事実、彼の弟も彼のそれ以外の表情をほとんど見たことが無かった。
「ふふ、お前は未だ11歳だぞ。それに大した訓練もしていない。お前には無理だよ。逆にお前が行って殺られたら、誰が後始末をする?誰がアイツに止めを刺す?間違いなく俺だ。それは二度手間ってモノさ。分かるか?二度手間って。」
「それくらい分かるよ……。って言うかいつから僕たち殺し屋になったんだよ。殺すなんて一言も言ってないし。」
そう言いながら少年は椅子から立ち上がり、パースエイダーを手近で、それでいて柔らかいソファーの上に放り投げた。その部屋には、シミラーが趣味で集めたイスが大量に、それこそ地面を埋め尽くさんばかりに並べられていた。と言うか、適当に置かれていた。
「まあまあ。うーん………よし、じゃあ分かった。こうしよう。」
少年は、おおぅ、考え始めて三秒で閃いたのかよ、とちょっとだけ感心しつつ、かと言ってあまり期待もせずに黙って話を聞く。
「今から皆に電話をして適当に気をつけてもらおう。」
冗談のようにも聞こえるが、兄の表情はいつもと変わらないので真剣なのかすらも分からない。しかし少なくとも、現時点では他に良い方法も思いつかなかったので、適当に肯定しておくことにした。
「そんなことだろうと思ったけどね。実際『どっちなのか』すらよく分からないんだし…。じゃあ、兄さんの方から連絡頼むよ。」
「あぁ、分かってる。」
兄の返事を聞き届けた少年は、椅子の座る所の板の上を渡って部屋の出入り口のドアから部屋を出て行く。
自分以外いなくなった部屋で、彼は椅子の足に囲まれた床から黒くて細長い物を拾い上げる。それは、ライフルタイプのパースエイダーだった。シミラーは、その部屋で一人、パースエイダーの手入れを始めた。レバーを引いたりトリガーを絞ったりする彼の表情は感情も、虚無感すらも感じられないほどの無表情だった。
***
翌日の昼下がり。その国の繁華街で強盗事件が起きた。
犯人は銀行の受付でこんな会話をした。
「すみません。」
犯人―――この時は未だ客だが―――がいたって丁寧に声をかける。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか。」
受け付けに座っている女性が、恐らく過酷な訓練を続けて身に着けたのであろう、自然で柔和で親しみのある完璧な営業スマイルを見せながら言った。
客が答える。
「はい。お金を下さい。」
「は?」
受付の女性は最初その意味が分からなかった。いや、決して言語能力がメチャクチャ低いということではない。銀行の受付で金をくれと言う奇妙な状況を飲み込めなかったのだ。
「だから、お金を下さい。ほら、この袋に金貨でも札束でも良いですから、袋の口を閉じられる程度にいっぱいお願いします。」
「え?いや、お客様、それは」
混乱する受付の言葉を遮り、犯人は続ける。
「早くしてくれないと撃ちます。あと、警報を鳴らすだとかそういう面白くないことをしても撃ちます。既にこのカウンターの下ではパースエイダーが貴女の心臓を向いていますよ。」
「……!あ、ああ、あ、ひゃいっ!」
パースエイダーが狙っているという言葉に一瞬遅れて反応した女性の声は、震え上擦り裏返り、正しく発音することも出来ていなかった。その口調は人見知りが激しい人なんじゃないかという、受付としてある意味致命的なイメージを与えそうなものだったが、犯人はさほど気にしてもいないようで、無表情を保っていた、ような気がするという。(その受付の女性談)
「あぁ、ほら、緊張しないで下さい。袋にお金を入れるだけです。それに、貴女が無駄に慌てるとすぐにバレてしまいそうですからね。」
そんな風に優しく言われたからといって、パースエイダーで脅されている側は落ち着いてなどいられない。彼女は自分の仕事を失うことと命を失うことを天秤にかけるまでも無く、他の職員たちにバレないように袋に金を詰め始めた。
一分後、袋の四分の三ほどまでを金貨と札束が満たした所で、犯人の背後から警官のようでそうでない服を着た男二人が近づいてきた。そのウチの一人が、犯人の肩に手を伸ばしながら声をかける。怪しい様子に気付いたほかの職員が、密かに警備員を呼んでいたのだ。
「お客様、失礼ですグォッ!」
その手が肩に届く前に、犯人の拳が鳩尾に、次いで顎に打ち込まれていた。もう一人の警備員が状況を理解し、犯人を捕らえるべく手を伸ばしたのも速かったが、犯人がしゃがんでそれを回避し、後ろに回りハンドパースエイダーのグリップで後頭部を殴打する方が更に速かった。
「ゴォッ……!」
警備員は気絶こそしなかったものの、後頭部を押さえてうずくまった。先に攻撃を受けた方もほぼ同様の状態だった。
受付の女性が、いや、その場にいた人間全員が茫然としている目の前で、犯人は現金の入った袋を掴み、
「もうこれで結構ですどうも有難うございました。」
早口にそう言って走って銀行から出て行った。その数秒後には外からモトラドのエンジン音が聞こえ、更に数十秒後にはそれも聞こえなくなった。
受付の女性によると、犯人は短い黒髪、茶色いコートに身を包んだ人物だったという。
***
事件の二十分後、犯人である茶色いコートに身を包んだ人物が城門の外に出てきた。3日前、少年にキノと名乗った旅人である。事件が国中に広まって城門が封鎖される前に出てきたのだった。来た時と変わらず、変わるはずもなく、三,四メートル先には大木が壁のように何本もそびえ立っている。
「いやー、儲かったね。さて、番兵さんに情報が伝わる前に逃げるとしようか。」
「ホント悪どいですなー、キノさんは。」
「ふふ、実際はどうなんだろうね。…では、出発ということで。」
と言ってエンジンをかけようとして、やめた。シートに跨った時にポケットから現金が少しこぼれたのだ。無論、先ほど国内の銀行で奪った物の一部だった。
「おっと、いけない。少しでも無駄にするわけには行かないからね。折角この国の方々の“善意”で頂いたんだから。」
無表情でそう言いながら地面に手を伸ばす。自然、姿勢も低くなる。
―――ブシュンッ!
空気を切り裂き突き貫ける、鋭い音が響く。
「!」
SectionⅡ over...
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黒い服ばかり着ている内向者。
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