全戦全敗主義
では最後のSectionⅢです。
キノは即座にその場を離れ、太い木が密集する森の中に身を隠す。
先ほどの音は、当然のように弾丸が飛ぶ音で、そしてつい一瞬前までキノの上半身があった場所で聞こえた。あの時金を拾うために姿勢を崩さなければ、弾丸はキノの首から頭にかけてのどこかに命中し、破壊していた。言うまでもないが、即死。そして―――狙撃。状況から考えて、敵―――殺すことを目的として攻撃してくるのだから、敵であると断言できる―――は城壁の上、恐らくはそこに造られた通路から狙っているのだろう。
(逃げるか…。いや、ダメだ…。)
今居る場所から森の外へ続く道までは、森の中を走っても一分もかからない距離だ。しかし、
「お~い。捨てないでね~。」
と、緊張感の無い声を発する旅の足を、旅荷物ごと棄てて行くわけにはいかない。かと言って、森から跳び出し、エンジンをかけているような余裕は、もちろんない。従って、
「倒すしかないわけか…。」
ふぅ、と一度息を吐き、腰の後ろからオートマティックタイプのハンドパースエイダーを取り出す。細身の二十二口径のパースエイダーである。更に、腰の前につけたポーチからはハーモニカ型のサイレンサーを取り出して森の人に装着する。最後に、いつでも撃てるよう準備はしてあるものの、スライドを引いて改めて初弾を装填する。ガシャッ、とスライドの擦れる音がする。
「…………。」
キノは少し考えて、森の中に向けて移動を開始する。そしてそれほど進まずに、今度は右へ。少し行った所で今度は城壁へ向けて歩く。そして城壁を囲むように造られた道に面した木の元にしゃがみ込む。つまり、密度の高い森の中を移動することで相手が気付かぬ間に敵の視界から外れるわけである。
「残念でした。」
キノは、と小さな声で呟き、居るはずのない的が出て来るのを待っているであろう影を探そうとする。しかし、
「太陽が邪魔で…見えない……!」
大分傾いた太陽が、赤い光で視界を潰す。
それならばと、立ち上がって再度移動を始めようとする。今度は、少しでも太陽に邪魔され難い位置へと。しかし、立ち上がった瞬間に足元の地面が激しく抉れる。
「くっ、もう見つかってたか…。」
となると、こちら側がどう移動するかも予測済みである可能性が高い。しかし、だとしても相手を太陽の方に位置させるよりは随分とマシになるはずだ。そう考えて、キノは移動を続ける。
やがて、太陽に背中を向ける位置に辿り着く。
「ここからが、勝負だ。」
目を閉じて、深呼吸して、また開く。
キノは素早く隣の木の後ろに飛び込み、その影の中に伏せた姿勢から敵を探す。二秒もかからずに敵の姿を捉えた。しかし恐らく、敵もこちらの場所には気付いているはずだった。発見した直後、連続して二発を撃ち込む。その発射音はサイレンサーによってほとんど掻き消されているが、敵に見つかっているこの状況ではあまり意味を成していなかった。二発の弾丸は正確に敵に向けて飛んだが、咄嗟に体を捻った狙撃手には当らなかった。しかしそれも、撃って直ぐに木の後ろに身を隠したキノには見えなかった。それでも、手応えの無さは感じていた。
***
狙撃手は、すぐにパースエイダー―――当然のように、スコープ付のライフル―――を構えなおし、一瞬の内に木の影から手と頭を出して自分を狙う姿をスコープに納める。しかし次の瞬間には木の後ろに消えてしまう。
「へぇ…。さすがに、こんなことを何年もしながら旅をしているだけはある…。ではでは。」
始めは少し感心したように、最後は楽しんでいるようにそう言って、城壁の欄干の陰に隠れるように伏せる。直後、石造りの欄干の縁を四十四口径の弾丸が削った。
狙撃手は、まだ弾が残っているライフルのマガジンを外し、腰にある複数のポーチの一つから、新しいマガジンを取り出す。それをライフルに叩き込み、レバーを動かす。ジャキンッという音と共にシリンダー(薬室)に残っていた弾が横に飛び出し、同時にマガジンから新しい弾が装填された。直後に、また欄干を削る音。
狙撃手は、標的に覚られないよう、欄干に隠れて少し移動する。そこからライフルと顔を出し、さっきから欄干ばかり削って国の人たちに迷惑をかけている人間が居るはずの場所を狙う。スコープの中心には、いや、スコープから見える景色全ては、太い木の幹だけ。敵の姿は無い。しかしそこには、狙うべき敵が、確実に、存在する。
狙撃手は、木に狙いをつけたまま、そのまま木を撃った。
弾丸が到着するまでの意識することも出来ないほどに短い一瞬が過ぎ―――破砕する音。木の幹に、風穴が開いていた。弾丸は完全に木の幹を貫き、その奥にある大木に突き刺さって止まっていた。しかし、
「外れた…。」
狙撃手は小さく息を吐き、一旦銃口を下げて肩から腕にかけての筋肉を休める。狙撃用のライフルは発射時の反動による銃口の動きを抑えるため、あえて重く造られている。これにより携帯性や機動性などは間違いなく低下するが、そんなことは狙撃をする者には、じっと動かずライフルを抱えたまま絶好の一瞬のみを待ち続ける者には、関係の無いことである。
だが今は戦闘の最中(←もなかと読んではいけない)。戦いながらあからさまに休憩を取れるほど、キノも狙撃手も自信家ではない。狙撃手はすぐにまたライフルを構え直し、体勢を低くする。
***
一方キノは、迷っていた。しかし実際の所、迷うだけの選択肢も見つかっていないので迷っているとは言えないのかもしれない。
先ほど放たれた徹甲弾の一撃は運良く外れ、キノの頭一つ分上を通り過ぎるにとどまったが、それはあくまで運が良かったから。そして、相手から見えていなかったからに過ぎない。戦闘という状況上運に期待することは出来ず、確実に狙う範囲も狭められた今、後は無い。腹にあたれば内臓が蹂躙され、胸に当たれば心臓を持っていかれて即死。頭もまた然り。腕や脚なら即死はしないが、痛みで集中出来ずにやられる。痛みに耐え、敵の攻撃を回避し続けても、いずれ失血のために死ぬ。
この場に留まっているわけにはいかない。しかし、少しでも木の影から身を晒せば、その瞬間に攻撃されることは明白だ。
それでも、ここに座り込んだまま撃ち抜かれるよりは、遥かに前向きだ。
キノは、正面に立っている弾丸を受け止めた木を見て、ある作戦の実行を決めた。
***
標的が姿を隠してから十分。周りへの警戒は怠っていないが、姿を表す気配は全く無い。
「我慢対決でもする気かな…?」
僅か十分で、狙撃主の精神に波が立つことはない。しかし、疑問が浮上する。敵が姿を現さないのが、持久戦に持ち込むつもりだとすると、敵は一体その間どうやって生き延びるのか。ずっと隠れ続けていれば狙撃主の攻撃を受けて死ぬことは無い。しかし、食糧や水は、ほとんどがモトラドに積まれたままのはずである。そのモトラドには、もちろん近づけない。そして、この森の中ではそれらの物資を手に入れることが出来ないことを、狙撃手は知っている。
では、どうするつもりなのか?狙撃手が計りかねていると―――左肩を撃たれた。
「!?」
突然の衝撃と痛みに、ライフルを落としそうになるが、とどめる。今の攻撃によって左手に力が入らない。しかし、そんなことは問題ではなく、重要なのは、
「ど、どこからっ!?」
森の縁、こちらへ攻撃できるはずの範囲は全て監視していた。
「ここですよ。」
答えるように、声が降ってきた。そう、降ってきた。それは斜め上方、城壁より少し高い位置に生えている太い木の枝からだった。
枝には、パースエイダーを構えた人間が、冷たい微笑を携えて立っていた。
狙う人間と狙われる人間が逆転し、同時に、躊躇いなく、ハンドパースエイダーの引き金が引かれた。
カチン、と軽い金属音がして、それから一秒も経たぬ内にそれを持っていた人間の頭が撃ち抜かれた。
黒いライフルを持って、国の中に戻ってきた人間に、相棒のモトラドが声をかけた。
「お疲れ様。賞金首の腕前はどうだった?」
「なんて言うか・・・・・微妙だったね。不意を突かれて左肩を撃たれちゃったけど、最後があんなだったからな…。」
ハハ、とキノは弱々しく笑う。命に関わる傷ではないものの、弾丸が貫いているのだ。出血も酷い。
「ふーん。まぁキノ、とりあえず病院行った方がいいんじゃない?」
「もちろん。今だって痛くて気絶しそうだよ…。でも運転は出来ないな・・・。どうしよう…。」
「それだったら、さっきあのシミラーって人が来て、車を呼んでおくってさ。」
「なるほど、気が利くね。まぁ、それくらいしてもらわないと割に合わないんだけど。」
ふぅー、とキノがエルメスに寄り掛かった所で、目の前に走る道の先から、エンジン音が聞こえてきた。
病院での治療の後、キノのところへシミラーの弟(そう言えば結局名前を考えなかった)が見舞いに来た。その際、暇だからとキノは今回の経緯について少年に語った。少年もよく知らない所があるらしく、無言で話を聞いた。
事の発端は、この国の前に行った国での出来事だった。
その国でキノは、何人かの国民に旅の途中で立ち寄った国について話してほしいと言われ、それを快く受け、色々な国について語った。何らかの美味しい条件を提示した人に対してはもっと色々と語った。
そして何事もなく美味しい思いをしたキノは三日目に出国するため、国の西側の城門へ向かう途中、町の一角に貼られていたポスターのようなものが目に留まった。それは手配書だった。手配書には一人の人間の顔写真と、その人間の特徴、そして手配される理由となった罪状が詳細に記されていた。それを簡単に言うと、色々な国で出会った旅人に扮し、他の国でその旅人のフリをして強盗などの犯罪行為を行っているらしい。そして出国後すぐに変装を解き、またその国で出会った人間のフリをするという。杜撰な計画ではあるが、単純にして明解、追っ手がかかる可能性もそれなりに軽減される。
その手配書にかかれてあった身体的特徴はキノによく似ており、その手配書の写真にあった顔は、キノが旅の話を聞かせてやった人の内の一人の顔だった。
その国の東にある国よりも西にある国の方が近い。そこでキノは、当初の予定通り西に向けて急いで出国し、手配書の人間の後を追った。それは自分のフリをして色々されることを防ぐためと言うより、犯人の首にかかった賞金のためであった。
そして今回の舞台となった国にやってきたキノは、一日目の夜に部屋に来たシミラーにその賞金首の暗殺を依頼された。この国にもその手配書が出回っていたのだ。ホテルのオーナーであるシミラーは、ソックリな見た目をした人間が二日連続で入国したことを当然不審がり(始めは前日入国した人間のことを忘れて平然と接していた)、推測ながらも推理し、後から来た方が本物であると判断したそうだ。
結果としてその推理は的中。だがもし外れていたらどうするつもりだったのかと聞いたところ、その場であのライフルで殺すつもりだったそうだ。
「やはり兄は嘘をついていたわけですね。」
「嘘?」
「はい。当初の予定では、知り合いや親類に注意を呼びかけた上、城門付近の城壁、つまりキノさんが狙撃をしていた所から、知人で警察関係の人に二人とも、つまりキノさんと偽キノさんを殺してもらう予定だったんですよ。」
「・・・・・・・・・随分と物騒な兄弟なんだね。」
「むしろがめつい兄弟です。僕たちは人間の命にかかった賞金が欲しかっただけなので。・・・・・・でも兄は勝手に冒険をしていたみたいですね。」
「………。じゃあ、続きだけど―――」
シミラーは、この国の人のフリを、と言うか自分のフリをされては堪らないし、キノにとっても好都合であるはずだと持ちかけた。賞金に関してはシミラーと山分けだが、怪我をした際の治療費や、弾薬の費用などは全て持つと言うので、キノもそれを受けたのだった。
そしてキノが入国して二日目、偽者が入国して三日目に案の定事件は起きた。そしてその日の明け方から城壁の上に待機していたキノは、戦闘を開始したのであった。
***/***
「―――という、感じなんだけど、どう?」
「うーんとね…。」
「うんうん。」
「はっきり言うけどさ、怒らないでね?怒って撃ったりしないでね?」
「わかってるよ。大体エルメスを撃つなんて、そんな酷いことをこのボクがするわけが無いだろう?」
「な、なんて黒々しい…。ま、確かにキノはオイラを壊しちゃったら旅をする手段がなくなるわけだしキノは物書きは向いてないよ。」
「やっぱり?それにしてもエルメス、今のセリフは二ヶ所もツッコミ所があったけど面倒だから僕はツッコまないことにするよ。」
「うん。って言うかまずキノは話が長いよ。いや、ストーリーとしてはむしろ短いんだけど、それをいっぺんに語って聞かせようとするんだもん。」
「いや、そこは仕方が無いと思うんだけど…。」
「とにかく、どっちにしたって全然面白くないよ。たとえばさ、キノは暇だからって自分から何か話そうとはしないし、そのほかにも色々とキノらしくないところがあったしね。」
「色々って?」
「えーっと、まぁ色々だよ。・・・・・・あ、でも的確に指摘されてる部分もあったよね。」
「へぇ、どんな所さ?」
「美味しい条件を提示した人にはもっと色々と教えたとか、そういうキノの人間として反省すべき部分をって燃料タンクに弾丸を撃ち込むのは多分危険だと思うのですがいかがでしょうかキノさん?」
とある荒野の真ん中で、キノとエルメスの雑談が続いていた。しかし夜が更けるまでは続かず、早いうちにキノは明日の為に眠りについた。その日考えたほら話がどこかの国でネタとして語られることがあったかどうかは定かではない。
以上、終了。
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Comment
無題 ...2006/10/13(Fri)
by ユキノ
Edit
これは長くて、載せるのはかなりの重労働だったのではないですか…!?
いやはや、ありがとうございます。
きちんと最後オチまでついてて…凄いですね~。
噂(?)の戦闘シーン、たっぷりと堪能させて頂きました!
いやはや、ありがとうございます。
きちんと最後オチまでついてて…凄いですね~。
噂(?)の戦闘シーン、たっぷりと堪能させて頂きました!
ユキノさん≫ ...2006/10/14(Sat)
いやいや、残してあったものをコピー&ペーストで貼り付けただけですから。なので字義通り、どう致しまして。
別に凄さはありませんよ。ぬほがちさんのとか読んだら俺の文章なんかもう「何この小1の感想文」とか思えてきますよ。
ま、何にせよ感想有難うございました。
別に凄さはありませんよ。ぬほがちさんのとか読んだら俺の文章なんかもう「何この小1の感想文」とか思えてきますよ。
ま、何にせよ感想有難うございました。
無題 ...2006/10/15(Sun)
…文脈的には「12Xさんの文章が『小1の感想文』」と「私の文章が『小1の感想文』」の、二つの意味で捉えられるんですが…やっぱり後者ですよね?(^o^;)
まあそうですよね…私小1の時が可愛さのピークだっただろうし(←何の話?
まあそうですよね…私小1の時が可愛さのピークだっただろうし(←何の話?
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偶然九段を取ってしまいましたすみません。
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